笠間稲荷神社(かさまいなり) HOME blog

鎮座地 〒309-1611 茨城県笠間市笠間1 旧常陸国 茨城郡  
電話  0296-73-0001
旧社格等 村社 (現別表神社)
御祭神  ・宇迦之御魂神
御由緒  参拝のしおり
御事歴・創建及び由緒

御神名 宇迦之御魂神は「倉稲魂神」とも書き、「ウカ」は「ウケ」に通じ、「食」の義であって、即ち食物の事を掌り給
う大神であられます。
 「古事記」の所伝によれば、速須佐之男命(ハヤスサノヲノミコト)の御子で、母は大山津見神(オオヤマツミノカミ)の 女神大市比売命(ミムスメカムオオイチヒメノミコト)であられます。
伊勢の外宮に鎮まります、豊宇気毘売神(トヨウケヒメノカミ)もまた食物の神で、その伝えられるところの、御系統など は異なりますが、その本質に於いては全く同様で、五穀を始めとして、農牧・水産・養蚕等、あらゆる殖産興業の守護神として、また、火防の神として遍く全国を通じて尊崇せられる所以であります。
 尚当社は江戸時代に於いて、「紋三郎稲荷」「胡桃下(クルミシタ)稲荷」として知られております。
当社の創建に関しては、その年代が詳らかではありませんが、社伝によれば第36代、孝徳天皇の御代白雉年間(650~654)伝えられております。
 その後幾星霜を経て、桜町天皇の御代、寛保 3年(1743)に至り、時の笠間城主井上正賢が社地社殿を拡張して奉齋の誠を尽し、延享 4年(1747)牧野貞通が城主となり、先例によって祈願所と定めて崇敬し、境内地・祭器具等を寄進され、以下歴代の藩主の尊崇厚く、現今では関東地方は勿論、全国より年間 200万人に及ぶ崇敬者が参詣されております。
 (平成祭データ)
参拝月日  05/21/2009

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一の鳥居 拝殿