若宮八幡神社(わかみやはちまん)          HOME blog

鎮座地 〒879-0605 大分県豊後高田市御玉1 旧豊後国 国東郡 
電話  0978-24-2956
旧社格等  県社  
御祭神  ・大鷦鷯尊
(配祀)天照大御神 玉祖命 隼總別皇子 大葉枝皇子 小葉枝皇子 雌鳥皇子
   多紀理毘賣命 市寸嶋比賣命 天之忍穗耳命 天之菩卑能命 天津日子根命
   活津日子根命 熊野久須比命 應神天皇
御由緒  淳和天皇の天長元年(八二四)、豊前国宇佐郡大神朝臣蘊麿の母酒井門主女に「我と奉齊せよ」とのお告げがあり、文徳天皇の仁寿二年十二月(八五二)、宇佐宮造営使正六位上藤原朝臣勝主主典、正六位上香上宿祢永貞の両人に頼んで社殿を創営し、お祭しました。
 ご祭神の内天照大神、玉祖神、品陀別命の三柱は元正天皇の養老二年(七一八)、市内字御玉にありました璞を御神体としてまつったものであります。
往古より郡市内随一の神社で構造の広大壮麗なことは、地方にその類がなく、信仰は大変厚いものでした。
 元亀二年七月(一五七一)と天正七年(一五七九)の二度、大友義鎮や大友左兵衛督の兵火に合い、総ての財宝、牛馬を略奪されましたが文禄の頃(一五九二~五)竹中伊豆守重隆が高田城に居り、再び社殿を造営して復旧しました。
 寛文九年八月(一六六九)、松平主殿頭によって封内の宗祠と定められてからは歴代領主の尊崇厚く現代の社殿は天保四年(一八三三)、松平忠侯のご造営によるものであります。
 昭和三十年、桂川河川改修のため、鬱蒼たる境内林の伐採を惜しまれながら八十㍍東方に移転、今の社はその後植林されたものであります。
尚、旧暦十月半ばに執行される「川渡し神事」は、永保四年(一〇八四)に始められ日本三大裸祭の一つとして既に九百年余の伝統をもっています。
 (平成祭データ)

参拝月日  05/02/2007

写真をクリックしてくださいフォトアルバムに移動します。

                一の鳥居                                  拝殿から本殿