御由緒 |
素盞鳴神社御案内
御祭神
素盞鳴神社の本殿には素盞鳴命と稲田比売命と八王子がお祀りしてあります。
「古事記」「日本書紀」などの古典によれば 素盞鳴命は日本の国をお生みになった伊邪那岐命が禊をされた時にお生まれになり、天照大御神・月読命の弟神にあたられます。
御気性が激しく、猛威を振るわれる神。しかし、御自身のお振る舞いを償われるため、 英知と勇気を持って困難を乗り越え人々を救われる、雄々しく優しい神.素盞鳴命は、特に嵐や疫病を司り、こうした災厄から人々を お守りくださる神としての御神徳はよく知られています。
蘇民神社には蘇民将来、疱瘡神社には比比羅木其花麻豆美神、天満宮には菅原道真公がお祀りしてあります。
創建由来
天武天皇御宇(六七二~六八六)の創祀にして、醍醐天皇宇(八九六~九三○)に再営されたと伝えられています。『延喜式』 深津郡一座の須佐能袁神社は当神社でありま す。
また備後国の三祇園の一社です。
蘇民将来伝説
備後風土記の逸文によれば、昔、北海に座す武塔神が南海の神女のもとに行かれる途中、日が暮れ一夜の宿を求めて、この地で富み栄えていた巨旦将来のところへ行ったが断られ、 貧しかった兄の蘇民将来は快く宿をお貸しし ました。年を経て、命は八人の王子を連れて 還られた時、蘇民将来の家に立ち寄られ、「吾 は速須佐能神(すさのおのかみ)なり。後の世に疫病あらば、汝は蘇民将来の子孫と云いて、 茅の輪を以って腰に着けたる人は免れるであろう」といわれ、巨旦将来を誅滅されたという伝説が残っています。
これが今日に伝わっている茅の輪くぐりの 神事の起こりです。
茅の輪神事
「ちのわしんじ」と読みます。茅の輪をくぐり罪穢れを除き、心身の清浄ならんことを祈願するので「茅の輪くぐり」とも称します。
茅の輪くぐりは、素盞鳴命が旅の途中蘇民将来に宿を借り、その時温かいもてなしを受け た感謝のしるしとして茅の輪を授けられ、蘇民の一族が疫病をのがれることができたのが 起こりです。今日では全国的に行われていますが、備後風土記逸文に出てくる疫隅国社とは戸手の素盞鳴神社のことであり、茅の輪神事の発祥の地であります。
祇園祭
当社の祇園祭がいつ頃始まったかを示す古文書が残っていないので定かではありませんが、西備名区巻之四十二によると「円融天皇の御代、天禄元年六月十四日、御霊会を始めて、今歳よりこれを行う。なお諸国比神を祀り、祇園社と称し、祇園会の神禮行わるること、比時より始まる。」とあります。当神社の 祇園祭も平安時代の中期九七○年頃始まったものと思われます。
(神社パンフレット 御参拝のしおりより抜粋)
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