但馬國一の宮「式内社」出石神社(いずし) HOME blog

鎮座地 〒668-0204 兵庫県豊岡市出石町宮内99 旧但馬国 出石郡   
電話  0796-52-2440
旧社格等  国幣中社 (現別表神社)
 但馬國一の宮
 式内社 但馬國出石郡 伊豆志坐神社八座(並名神大)   
御祭神   ・出石八前大神
  ・天日槍命 
御由緒   但馬国一宮出石神社由緒略記
          出石神社社務所
          〒668-0204 兵庫県豊岡市出石町宮内九九 電話 0796-52-2440 FAX 0796-52-4958

  出石神社は、天日槍命が新羅の国よりお持ちになりました八種の神宝を出石八前大神として、また天日槍命の大御霊を御祭神として斎祀しています。
 天日槍命は、『古事記』、『日本書紀』ともに新羅国王の王子であり、日本に渡来されたとし、その事蹟は記紀のほか『播磨国風土記』、『筑前国風土記』逸文等にうかがうことがで きます。     
 八種の神宝とは、『古事記』には珠二貫・振浪比礼·切浪比礼·振風比礼·切風比礼, 奥津鏡・辺津鏡の八種としています。
 田道間守命(菓祖)、神功皇后(仲哀天皇皇后)は天日槍命のご子孫です。
 
 神社の創立年代はあきらかではありませんが、社伝の『一宮縁起』には、谿羽道主命 と多遅麻比那良岐と相謀り、天日槍命を祀ったと伝え、諸書によりますと、遅くとも八世紀のはじめ頃にはすでにこの地で祭祀がおこなわれていたことがうかがわれます。 但馬の国一宮として当地では別名を、一宮(いっきゅう)さんと呼び親しまれています。
 天日槍命は 泥海であった但馬を円山川河口の瀬戸・津居山の間の岩山を開いて濁流を日本海に流し、現在の豊沃な但馬平野を現出され、円山川の治水に、また殖産興業に功績を遺された神として尊崇を集めています。
 
 現在の社殿は大正三年に再建され、透塀で囲まれた三間社流造の本殿、その前面に切妻造りの幣殿と祝詞殿があり、拝殿は舞殿形式で入母屋造り平入りで蔀戸をつり、正面に拝殿の屋根と独立した平唐破風出桁の向拝は他に類のない珍しい建築です。神門は丹塗の八脚門で、数多くの蟇股を飾り、左右に連なる塀も丹塗りです。
 境内東北隅に約三百坪の禁足地があり、老樹がうっそうと生い茂り、入れば崇りがあるといわれています。

 特殊神事
立春祭   立春の日に神馬藻を奉献する慣わしがあります。
幟まわし  毎年五月五日、氏子男子の初節句を祝い、中学生たちによって行われます。
       天日槍命が瀬戸を切り開いて引揚げる道中の姿を偲ぶ催しです。
御年花祭り  新嘗祭の前日に木製の火おこしで浄火をおこし、直径十二㎝程の薄い円をつくり、当日神前 に供した後、参拝者にまき与えます。
       この餅を御年花といい種々の霊験があるといわれています。
 (神社パンフレットより)

 出石神社
御由緒
 神社の創立年代はあきらかではありませんが、社伝の一宮縁起には、谿羽道主命と多遅麻比那良岐と相謀って、天日槍命を祀ったと伝えておりますが、諸書によりますと奈良朝時代すでに山陰地方有数の大社であったことがうかがわれます。
但馬の国一宮として別名を一宮さんの呼び名で尊敬されており、当時泥海であった但馬を瀬戸・津居山の間の岩山を開いて濁流を日本海に流し、現在の豊沃な但馬平野を現出され、円山川の治水に、殖産興業に功績を遺された神として尊崇を集めております。また、鉄の文化を大陸から持って来られた神ともいわれております。
以上
  (平成祭りデータ)

参拝月日  10/24/2008

写真をクリックしてくださいフォトアルバムに移動します。
二の鳥居 神門から拝殿